日本の農業の課題と政策
早稲田大学 政治経済学部
伊井 健太

1、 日本の農業の現状
 まず図1をご覧頂きたい。昭和35年度から平成12年度までの食料自給率の推移を表している。「主食料穀物自給率」は重量ベース、「供給熱量自給率」はカロリーベースで示されている。グラフから見て取れるようにそれぞれの指標は右肩下がりを続けてきた。短期的に農水省の統計では下がることはあれ、上昇することはないという。


 図2に移る。これは人口1億人以上を抱える世界の国々の穀物自給率をグラフにしたもの。「穀物自給率」は飼料用も含むので上記の数値とは異なっている。多くの国は国民を養うだけの食料の多くを生産しているが、日本に限ってはなんと28%しか自国内で生産していない。他の72%を海外からの輸入により賄っているのだ。
その70%強の内訳を図3に示した。実に3割をアメリカからの輸入に頼っている。日本を1つの市場として捉えたときに、この市場は寡占状態にあるといえる。これは非常に危険なことであり、もし仮にアメリカが日本と対立関係になった場合、対立する国にわざわざ食料を輸入する国があるだろうか。日本でさえ、北朝鮮への食料支援を「表向きは」控えているというのに、である。そういった事態は起こらないことを願うが、アメリカで大規模な自然災害が起こったときにも同様の危険性がある。
 次に内向きな話に移りたい。図4と5は合わせて見て欲しい。図4は農家の年齢構成比。一方、5は全国の年齢構成比。両方から言えることは農業で高齢化が進んでおり、それは農業以外にも当てはまるということだが、ここから読み取れることはそれだけではない。その高齢化が農業分野ではより一層進んでいるのだ。つまり日本の農業従事者は社会全体に比べて高齢者の比重が高く、なおかつ高齢化が進んでいるのだ。


2、 株式会社の参入とは
 日本の農業の問題を如実に表す資料を見てきたが、つまるところ、日本農業の国際競争力の弱さに帰着するといっても過言ではないだろう。それは例えば高いコスト、低い労働生産性が挙げられる。しかし旧食糧管理制度や減反政策などを通じて、政府がこういった問題に正面から対応して来なかったことも忘れてはならない。
 こういった課題に対処するために、農業分野にも規制緩和を導入しようという動きがある。

 それが「農業への株式会社の参入」といわれるものだ。
 農地を保有することができる法人は農業生産法人に限られている。かつては農事組合法人・合名会社・合資会社・有限会社にのみ農業生産法人となることが許されていたが、これに資本金の大きく経営基盤を強化できる株式会社も含めて農業の活性化を促進するという意図のもとに考えだされた。
以下に述べるように01年の3月1日に農地法が改正され現在では一定の規制を設けつつも参入が可能となっている。

3、 参入についての対立点
しかし参入に対して評価する者と、異議を唱える者がいる。まず参入に反対する側からその意見をまとめてみた。
@「耕作者主義」の崩壊:戦前の寄生地主制の反省から、農地は耕す人間が所有するべきという「耕作者主義」が崩壊する。そのことで投機的な農地の転用を招くのではないか。
 A農村の秩序を乱す:ある一定の範囲で農業を営むもの同士が守ってきた秩序(たとえば水の利用など)が乱される。
 B自然相手には農民的家族経営:自然環境の変化には、その土地に住んでいる者の方がすばやく対応できる。
 C効果への疑問:そもそも農業は儲からないので株式会社が参入するはずがない。
他にも「株式会社は遺伝子組み換えなど何をするか分からない」などの意見があった。

 一方、参入賛成派の意見としては、
 @多様な担い手の育成:高齢化が進んでいる現在、意欲のある若者を農業に従事させる。そのことで雇用を生むことができる。
 A消費者ニーズに敏感:儲かるためには消費者のニーズに積極的に答える必要性がある。
 B経営基盤の強化:資本金が高額な株式会社なら新たな分野により用意に参入できる。また、加工・販売まで手がけることで事業の効率化を図ることができる。
 C情報収集能力:無認可だと知らずに無認可肥料を使い続けていた農家があったが、株式会社だと情報を即座に把握し経営に生かすことができる。
このほかには「農業のプロと経営のプロが必ずしも一致しないので経営のプロを農業にも」など。

4、 内容
先述したとおり、平成13年3月の農地法改正で株式会社の参入が認められた。以下の図はその内容と規制を表す。
○事業要件
農業(関連事業を含む) 売り上げで過半

その他事業

○構成員要件
農地の権利を提供した個人
法人の農業の常時従事者
農地保有合理化法人
農業協同組合、農業協同組合連合会
地方公共団体
法人から物資の供給等を受ける者、又は法人の事業の円滑化に寄与する者 ・産直契約する個人 総議決権の4分の1以下
(1構成員は10分の1以下)
・ライセンス契約する種苗会社
法人と継続的取引関係にある個人・法人(政令)


○役員要件
   
法人の農業の常時従事者である構成員   
  法人の農作業に従事する役員 過半の過半
また、上記の規制を遵守できなくなった場合、都道府県の農業委員会が勧告する。不正な手段を用いて株式を取得した場合に罰則を設けた。

その結果、02年7月までに全国で25株式会社が参入した。その内訳を見るとほとんどが加工販売を手がける株式会社が経営の拡大によって農地を取得したものである。ちなみに関東では埼玉・所沢のお茶園1例のみとなっている。

 政府は構造改革の一環として全国一律ではない、地域独特の特区を03年4月より設置するが、政府に寄せられた最も多くの分野は農業であった。その中でも農業の担い手を巡っていくつかの規制緩和が行われた。その内容としては、
@ 農業生産法人以外の法人も農業が可能に:農業生産法人になるには多くのハードルがある(上記を参考にして頂きたい)が、農業生産法人以外にも農業を許可した。
A 農業に常時従事する役員が1人以上
B 法人は市町村と協定を締結:法人は属する市町村と事業内容等について協定を締結しなければならない。
C 土地は市町村または農地保有合理化法人からの貸付が基本:つまり農地の保有はできない。保有するためには農業生産法人になる必要がある。
D 対象地域は担い手不足、農地の遊休化が深刻な地域

5、 今後に向けて
 02年1月、日本とシンガポールとの間で我が国としては初めてFTA(自由貿易協定)が締結された。しかし日本の外務省や族議員の反発を受けて農業分野だけは除外された形となった。結果としてシンガポール側も他の分野でそういった態度を示し、完全な「自由貿易協定」とはならなかった。
 また、01年、中国とセーフガードを巡って大きな問題になった。自由貿易によって今日の繁栄をもたらすことが出来たと言っても過言ではない。また、戦前のブロック経済の反省からも自由貿易は維持・強化していかなければならない。
 グローバル化が進む中で、日本は農業だけを特別扱いし続けていくの自由貿易の観点から決していいことではない。しかし「食料安全保障」の点で、海外依存を強めていくのも問題はある。
 今こそ多様な担い手を育成し、世界に負けない農業を目指していく必要性がこの国にはあるのである。