国会議事録 衆議院本会議及び委員会での質問記録

2006年4月17日 【行政改革に関する特別委員会】

武正委員 
 民主党の武正でございます。各参考人におかれましては、本日は、まことにありがとうございます。それでは、順次お伺いをさせていただきます。

 まず、太田参考人におかれましては、先ほど来、今国会に提出の社団、財団の見直し法案、主務官庁が撤廃される、このことを大変評価されているわけなんですけれども、ただ、公益法人の白書を見ますと、現在、国所管六千八百九十四、都道府県所管一万八千八百三、このそれぞれの公益法人に、国の場合は、三三%、二千三百、それから、都道府県については三〇%の四千九百七十一、公務員出身の理事がいる。しかも、そのほとんどが所管省庁。これがやはり問題の根源だという認識でお話しになられたと思うんですが、ただしかし、現状、これだけ所管省庁の理事がいるわけですね。

 この法案が通って主務官庁は撤廃されても、現状、いる。しかもまた、お金の流れが、それぞれ今までの所管省庁からさまざまな委託あるいは随意契約などでお金の流れもできている。それが今現状残ったままで主務官庁だけ外して、果たして、例えば、理事ががらっと大幅にメンバーが、構成が変わるのかということがやはり危惧をされるわけですが、この点についてはどのようにお考えでしょうか。

太田参考人 
先生、どうもありがとうございました。なかなかこれもまた難しい問題でございます。

 いわゆる主務官庁なるものが公益法人にいろいろ介入をする、あるいはそこにいろいろな権益、利便を求めるという問題と、公益法人制度というシステムの問題とは、そもそも、いわば本質的な関係というものは私はないと思っております。いわゆる天下りの問題あるいは官製談合の問題、あるいは随意契約で太らせて不当利得を蓄積する、こういう問題は、制度があるからそれをやるということではなくて、むしろお役人の、我々民間人から考えれば到底非常識な倫理観とか、いわゆる規律のなさとか、非常識な行動が原因だと思うんですね。したがいまして、公益法人というものがやりやすいようにできているからするんだとか、ある法人類型はやりにくい類型だからそれをしないとかということではないと思うんです。

 したがいまして、天下りの問題とかなんとかというもの、あるいは官製談合にしましても、決して、いわゆる許可、監督権を持っている公益法人だけではなくて、株式会社に対してもそれがあるわけでございますから、したがいまして、制度問題と官庁のそういった問題とを混同はしないでいただきたいなと。それはむしろ、そういう不祥事件を起こすような問題については厳しく別途対処していただくということでお願いをしたいというふうに考えております。

武正委員 
今のやりとりをちょっと深めたいんですが、モラルの問題であるというお話なんですが、実は、本委員会では、環境省の本省発注全契約の、五百万円以上、九三%が随意契約であって、しかも一〇〇%相みつをとっていないことがわかりました。そして、これを財務省、厚労省、農水省に伺うと、いずれもやはり随契は一〇〇%相みつをとっていない。財務大臣に聞きますと、ほかに競争相手がいないから相みつのとりようがないんだ、こういうお答えだったんですが、ただ、予決令を見ていくと、九十九条に随契によることができる場合がたくさん書いてあるわけなんですね。その中に、これは九十九条の一項の十六なんですが、公益法人から物件を買い入れるに関しては随意契約ができる、こういう政令があるんですね。

 私は、先ほどの環境省でいうと、その随契の半分以上が公益法人とのやりとりでございますので、やはりここがお金の不透明な流れになっていく、制度設計としてのこの予決令、ここが問題ではないかなというふうに考えておりまして、モラルもさることながら、制度で、やはりこの公益法人改革、今回法案は出されておりますが、まだまださまざまな点で不備があるのではないかなと思うんです。

 この随意契約に絞って、この予決令の改正がやはり私は必要ではないかなと思うんですが、この点について、公益法人に随意契約を認めるというこの予決令、これはどのようにお考えでしょうか。

太田参考人 
大変難しい難問が矢のごとくいろいろ飛んでまいりまして、私も困惑いたしております。

 私、ちょっと先ほど言葉足らずでございましたので訂正させていただきたいと思いますが、決してモラルだけの問題と言っているのではなくて、公益法人制度の問題、法律の、リーガルフレームワーク、それとは関係がないということを申し上げているわけでございます。したがいまして、例えば今おっしゃいました予決令のように、随意契約については公益法人はその例外であるというようなものが果たしてあるのかないのかということも私は存じませんし、それからさらに、それがやはり弊害のもとであるというふうに皆様が認識されれば、むしろそういうものをお変えになるということが必要だろうとは思います。

 したがいまして、これと公益法人制度改革の問題とはぜひ絡めないでいただきたい。そういう随意契約、癒着問題、不要不急の補助金支給問題とかいろいろございますが、それは厳正に、それに関連する制度を改正していただいて、あるいはつくっていただいて、そういうことが二度と起こらないようにしていただければいいんじゃないかというふうに私は思います。

武正委員 
ありがとうございました。

 ただ、先ほどこの委員会の委員も指摘しましたように、やはり国民の目線というのがどうしても公益法人にもついて回りますので、国民の生活の中での常識というものがどうも公益法人で通じない、こういった疑念がどうしても強いものですから、やはり私は制度での補完がまだまだ必要だろうということを申し上げたところでございます。

 そこで、君島参考人にお伺いをしたいのですが、民主党も今回、行革法案への対案を既に提出しておりまして、あしたからは本委員会でも民主党案に対する質疑も始まるわけなんですが、その中で、補完性の原則、これは民主党が一つこの法案の骨子にもしているところでございます。

 この行革法案では、第五条の国と地方の役割分担の見直しの基本方針に備えているものでございまして、政府案が官から民へ、こういうことをしきりに言っておられるところなんですけれども、もう申すまでもありませんが、補完性の原則は、もともと地域のコミュニティーなりあるいは基礎自治体なりができないものを、都道府県なりあるいは国なりがやっていく。まずはコミュニティーなりあるいは地域の株式会社なり、そこでできるところをやっていく、これが補完性の原則でありますので、政府案と民主党案はこの点がある面対立軸というふうになってこようかと思うんですが、この補完性の原則について参考人はどのようにお考えでしょうか。

君島参考人 
民主党さんが出されました対案について、正式に民主党さんからレクチャーを受けた経過は私はございませんので、詳細についてお答えすることはできませんけれども、今先生がおっしゃった補完性の原則を民主党さんが主張されるということについては、私は十分に理解できるというふうに考えております。

 私どもも、今先生がおっしゃったように、基礎自治体で行えない仕事、それから都道府県で行えないもの、そういうものを最終的に国が行う、つまり国と地方自治体の役割の分担をきちっと議論すべきではないのか、こういうことをこの間も強く申し上げてきた経過がございますので、補完性の原則については理解できるという立場に立っております。

 以上です。

武正委員 
同じく、永山参考人にお伺いをしたいんですが、永山参考人は、この補完性の原則についてのお考えはどのようなものか。特に、これは先ほど来、午前中も例が出ましたが、イギリスのさまざまな制度が今回の行革法案の実は底流にある。それは、独法がエージェンシーであり、あるいは、いわゆる市場化テストなどもそうしたイギリスで既に行われているということもありますが、このバリュー・フォー・マネー、効率性にはやはりこれが欠かせないと思うんですが、なかなかバリュー・フォー・マネーの考えが政府案から、効率性の言葉はあっても感じられないというところもあるわけです。

 補完性の原則、そしてバリュー・フォー・マネー、要は質ですね、公共サービスの質、それがお金に対してしっかりと価値があるのかどうか、ここの二点についてのお考えを伺えればと思います。

永山参考人 
さまざま議論があるところだと思いますけれども、国と地方の補完関係、あるいはコミュニティーと地方政府との補完関係、あるいは企業と地方政府ないしは国との補完関係、あるいはNPO、NGO等との補完関係、さまざまな補完関係、すなわち、官がすべて独占というわけにいかないということと同時に、深くそれぞれが関係し合っているわけですから、これらの関係性をどうつくるかということの重要性が今日ますます高まっているということは間違いないと思います。

 ただ、この法律でいいますと、仕分けあるいは線引きとこれまで議論されてきたような、そういうものとこの補完関係というものをどうつなぐか、この辺が今議論が必要な分野になっているのではないかというふうに思われます。例えば、救急車の搬送等に関してどこまでは民間が可能なのか、こういう議論も、詰めていけば分担関係ができるかもしれない。

 ただ、先ほど、イギリスの事例が午前中議論されたということでございますけれども、私はイギリスの研究を深くしているものではないんですが、日本の議論とイギリスの議論が非常に違いますのは、その補完の関係を議論する枠組みというものが、例えば予算は行政はこれだけ用意している、サービスや事業の運営についてどういう工夫があるのか、そういうことについて、例えば医療分野でいいますと、医師あるいは看護師、さらには行政、さらには医療サービスを受ける側のさまざまな意見、そういうものを吸引できるような、そういう関係をつくった上で補完をするというものと、最初から政府やあるいは内閣府が設置した協議会、そういうものが直接これを判断する、あるいは、それを評価する委員会を行政の側が設けるというようなことになりますと、これはさまざま意見の偏りといいますか、意見の集約の仕方の不十分さというものを残してしまうおそれがあって、本来の補完性原理を十分機能させるようなシステムの構築というものが当然これに伴っていなければならないというふうに思います。

 例えば、一つの学校建築をするにいたしましても、PFIとこうした補完性原理とを組み合わせて、小中学校あるいは高等学校の中にパブを設けて、夜遅くまで大人がそこに出入りする。そういうような建物とその運用の工夫をするようなことは、やはり現在のような補完性原理の議論では私は不十分で、イギリスの補完性原理のコミュニティーが協力をするというだけに終始するようなことになっては、せっかくの補完性も単なるサービスの価格を下げるというだけの結果に終わってしまうおそれもないとは言えない。そういう点も考慮して、やはりそうした制度設計がなされた上での補完性原理を活用するということが非常に重要な論議の点ではないかというふうに私は見ております。

 それからもう一点、済みません、二番目の御質問……(武正委員「バリュー・フォー・マネー」と呼ぶ)そういう関係の中で、予算に対するベネフィット、あるいは効果的な財政の運用や不足する予算をできるだけ利用者等々から負担していく、こういう関係も、以上のようなシステム、つまり、サービスの質とそれに見合うだけのコストあるいは負担関係、そういうものが議論された上であるならば、これは極めて有効なシステムとなっていくだろうというふうに考えられますので、ぜひそのような組織のシステムの創出をしていくということについては、これらを十分議論していただくことが有効な道ではないかというふうに考えております。

武正委員 
また、太田参考人にちょっと一点お伺いしたいんですが、先ほど、これから民間人が中心で新しい財団、社団の役員なり、あるいは公益性を判断する第三者委員会も民間人がと、こういったお話があったんですが、この民間人の定義が私と政府と違うもので、この間何度も議論をしているので、ぜひ参考人の御意見を伺いたいんですね。

 公益法人の長の出身が退職公務員かどうかということで、政府の退職公務員の定義に、国立大学に入られた大学教授、あるいは、国立大学に入られて、その後文部省に移られてさまざまな研究所に行かれたような所長さん、こういった方々を文部省の出身というふうに仕分けを政府はされないものですから、私の仕分けとどうも食い違ってしまうんですね。

 いや、研究職だから、この方々は、国家公務員出身として、文科省とのつながりがある云々、この対象からは外れるんだ、こういうふうに政府は言われるんですが、先ほどの国民の素朴な疑問からすると、文科省と国立大学の先生、非常に密接なつながりがあるわけですので、私は、民間ということからすると、やはり民間ではないというふうに思わざるを得ないんです。

 これから特に、公益性を判断する第三者委員会などに大変重要な決定あるいは大きな権限が与えられますので、私は、ここのメンバーというものは大変大事になってくる、そのときに、太田参考人が言われた、何が民間で何が民間でないかというのは大変大きなところになると思うんです。先ほどの私の、例えば国立大学に就職をして国立大学の教授として退職をされた方、あるいは国立大学に就職をして途中から文部科学省の本省に行った方、あるいは国立大学の途中から政府のさまざまな研究所の所長になられたような方、こういった方々はやはり民間ではないなというふうに思うんですが、参考人としての率直な御意見を伺えればと思います。

    〔委員長退席、山本(有)委員長代理着席〕

太田参考人 
これもまたなかなか難しい御質問でございまして、この種の質問は、私、例えばお役所の定義が、役所をやめてから十年たてばこれは役人じゃない、これはもう民間になるんだ、こういう定義があるようにも聞いておりますが、そういう定義については、私はまことに噴飯物だと思っております。やはり何年たとうが民間ではないという定義で、そのような委員会をつくる場合には考えていただきたいというふうに思っております。

 それから、今の国立大学の研究者、教授なんかが、これは一体お役人なのかどうなのかということは、例えば名古屋大学の教授をやっておられた野依さんがノーベル賞をもらわれてどこかの財団の理事長になったときに、これを天下りとはちょっと私は考えないですね。むしろ、科学技術の研究を目的とする、あるいは科学技術の助成をする財団があって、そこの理事長に例えば野依さんのような方をお迎えしたときに、これを天下りとかあるいは民間人でないとかというふうに一刀両断にしてしまうのはどうかなと。

 したがいまして、研究職の場合は人によるということじゃないでしょうか。しかし、行政職といいましょうか実際に行政に携わっておられた方は、これは全く排除するという考え方なんじゃないかなというふうに、私はとっさに今考えました。

武正委員 
時間が参りました。清家参考人にはちょっと伺えませんでしたが、お許しをいただきたいと思います。以上で終わらせていただきます。

 ありがとうございました。
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